第3話:流川の夜、花束の枯れる速さについて。

流川の路地。
馴染みの店でグラスを傾けながら、昼間のあの光景を反芻している。
35年、この会社にすべてを捧げた部長の退任式。
その時間は、わずか15分だった。

形式的な拍手。
どこか義務的な花束の贈呈。
部長が長年座っていたあの大きな椅子は、一時間後には、新しい主の荷物で埋め尽くされていた。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。

「お疲れ様でした」
その一言で、一人の男の35年が、終わりを迎える。
会社という組織にとって、俺たちはどれほど優秀であろうと、精密であろうと、
結局は「いつでも交換可能な部品」でしかない。
その残酷な真実を、喉の奥が焼けるような安酒と一緒に飲み込んだ。

いつか、俺の番が来る。
その時、俺の手元には、会社という看板を外した「俺」という人間は残っているんだろうか。
誰の目もない流川の夜。
俺は、自分の「代えのきかない価値」を、外側の世界に問い直してみたくなった。

今すぐどこかへ行くつもりはない。
ただ、この場所がなくても、俺という個体が成立するのだという「通信」が欲しかった。
スマホの画面に、自分という部品のスペックを、冷徹に、でも正直に記していく。

数日後、見知らぬ場所から届く通信。
「あなたを、探している場所がある」
その一文が、いつか訪れるあのアっさりとした幕引きへの、俺なりのささやかな抵抗だ。

名前を置いておくだけ。あとは、外の世界から届くオファーを待てばいい。