第4話:袋町の夜、10年後の俺が、そこに座っていた。

袋町の夜。
古い雑居ビルの2階にあるバーで、俺は一人の男の背中を思い出していた。
昼間、オフィスの片隅で、ただ時計の針が進むのを待っているかのように座っていた53歳の先輩。

かつては「伝説の営業マン」と呼ばれていた人だ。
だが、昇進のレースから外れ、自分の限界を知ってしまったあの日から、
彼のエンジンは、音もなく止まってしまったらしい。
今は、誰にでもできる事務作業を淡々とこなし、定時になれば誰よりも早く席を立つ。

「俺は、これでいいんだよ」
そう言って力なく笑う彼の目は、もう何も映していない。
辞める勇気もなく、情熱もなく、ただ給料のために命を切り売りしている。
その姿は、10年後の俺を映し出す、残酷な鏡のように見えた。

このまま、この組織という温室で、俺もまた枯れていくんだろうか。
10年後、俺を憐れむ部下の視線を浴びながら、
「これでいいんだ」と自分に言い聞かせるだけの余生を送るのか。
その想像に、背筋が凍るような戦慄を覚えた。

だから、一人の夜。
俺は自分の「鮮度」を確かめずにはいられなかった。
まだ、外側の世界は、俺を「生きている人間」として扱ってくれるだろうか。
まだ、俺には、別の戦場で戦うだけの弾薬が残っているだろうか。

名前を、経歴を、今の自分を。
会社の看板というフィルターを通さない「俺自身」を、外の世界へ放り投げてみる。
スマホに届く一通の通信。
「まだ、あなたは終わっていない」
その一言が欲しくて、俺は深夜のホテルで、静かに出口の鍵を回した。

名前を置いておくだけ。あとは、外の世界から届くオファーを待てばいい。