20時半。流川の交差点は、今日も客引きと酔客で淀んでいる。
3日間の出張がようやく終わった。
この喧騒の中へ沈む気にはなれない。ただ、静かな場所で、美味いものだけを口に運びたかった。
雑居ビルの5階という聖域
スマホの地図を頼りに、目立たない雑居ビル「インペリアル1stビル」の前に立つ。
エレベーターで5階へ。扉が開くと、外の喧騒が嘘のように断ち切られた。
木目の美しいカウンターが6席だけ。大将が一人、つけ場に立っている。
先客はスーツ姿の男が一人だけ。静かに杯を傾けていた。
安堵する。今夜は、ここで正解だ。
夜の贅沢おまかせコース(6,000円)
席に着き、「おまかせコース」を頼む。
ここは夜、6,000円のコース一本のみだという。
メニューを選ぶという最後の決断すら放棄できるのが、今の疲労には心地よい。
まずは「鮎の小鉢」。
ほろ苦い内臓の香りが、歩き疲れた身体に深く染み渡る。
合わせるのは冷えた日本酒。余計な言葉はいらない。
続く「鱧のお刺身」。
丁寧に骨切りされた身は、口の中でほどよく反発し、そして消える。
梅肉の酸味が、次の一杯を静かに要求してくる。
目の前で揚げられる「茄子の天ぷら」。
衣が油を弾く微かな音だけが、店内に響く。
熱々の茄子が舌の上でとろけ、出汁の香りが鼻腔を抜ける。
派手さはない。ただ、実直な仕事だけが皿の上にある。
大将との無言の距離感
大将のワンオペだからこそ、客に媚びるような過剰な接客はない。
料理を出す時の一言二言。それ以外は、ただ黙々と仕事に向き合っている。
その適度な無関心が、一人客にはたまらなく心地よかった。
2時間。約8,000円。
エレベーターで再び1階へ降りると、生暖かい夜風が顔を撫でた。
明日は朝一番の新幹線で東京へ戻る。
この静寂を、また買いに来よう。
来週も、ひとりでふらっと入れる店を探しに行きます。
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