駅の喧騒、その境界線にある止まり木
広島駅、ekieの2階。おみやげ街道を抜けた先、酒瓶が並ぶ一角にその場所はある。周囲は新幹線を待つ家族連れや、土産を抱えた観光客で溢れている。今の自分には、その賑やかさが少しだけ重い。
「酒 ます枡」。土産物屋に併設された、わずかな立ち飲みスペース。カウンターは簡素だが、そこに置かれた地酒のラインナップは本物だ。西条の酒を中心に、広島各地の蔵元が静かに棚を占拠している。
店の入り口には「有料試飲」の文字。店員と目が合うこともない。レジで注文を済ませ、空いているスペースに滑り込む。それだけでいい。今の自分に必要なのは、過剰なもてなしではなく、新幹線が来るまでの短い静寂だ。
地酒の雫。五百円で買う「妥当な」余韻
注文したのは「3種飲み比べセット」。ワンコイン、500円。レジ横のボードには、その日の銘柄が記されている。亀齢、賀茂金秀、雨後の月。広島の酒好きなら誰もが納得する、盤石の布陣だ。
小さなグラスに注がれた透明な液体を、一つずつ喉に落とす。仕事の緊張が、少しずつ解けていくのがわかる。肴は最小限でいい。セットに添えられた僅かな塩気が、酒の甘みを際立たせる。隣では同じように、スーツ姿の男が一人、無言でグラスを傾けていた。
店内の照明は明るすぎるかもしれない。だが、グラスに反射する光を見つめている間だけは、駅ビルの喧騒が遠くに聞こえた。食べログの評価や口コミでは測れない、この「隙間」の時間にこそ価値がある。
新幹線のベルが鳴る前に、旅を閉じる
滞在時間は20分。500円。財布を出す手間も、店を出る時の挨拶もいらない。レジで支払いを終えた瞬間から、この夜の締めくくりは始まっているのだから。
店を出ると、相変わらず駅は人で溢れていた。だが、喉の奥に残る地酒の余韻が、先ほどまでとは違う景色を見せてくれる。改札までは歩いて3分。新幹線まではあと10分。十分だ。
エスカレーターを下りながら、自分に言い聞かせる。また広島に来た時は、ここで旅を閉じればいい。今夜は、これでいい。
[店舗情報]
酒 ます枡 広島駅ekie
住所:広島県広島市南区松原町1-2 ekie 2F
営業時間:08:00 – 21:00
定休日:ekieに準ずる
夜の平均予算:500円〜1,000円
一人利用:立ち飲み(カウンター)あり
食べログ:https://tabelog.com/hiroshima/A3401/A340121/34025458/